熊本県阿蘇郡南小国町で飲食店の計画を進めています。このプロジェクトのリサーチの一環として、3月初旬に地元で毎年行われている野焼きに参加しました。阿蘇地方の野焼きといえば数百年もの歴史があるこの季節の伝統行事です。野焼きは牛や馬の放牧地として草原を維持する目的のほか、刈り取られた草は飼料や堆肥となり、さらには茅葺き屋根の材料にも利用されるなど、この地域の暮らしと密接に関わり受け継がれてきたといわれます。
 この日は地元の方の安全指導のもとで参加しましたが、バチバチという音を立て瞬く間に激しく燃え広がる炎を前にすると、この行事が命がけの仕事でもあることがすぐに分かります。冬の寒さが残る山中に鼻を刺す煙がたちこめ、時折炎の熱さを半身に受けながら、ゆっくりとその行方を見守り消火作業を行っていきました。
 野焼きが終わると、黄色い枯れ草で覆われていた辺り一面は、黒々とした壮大な風景へと一変します。山頂に戻り身体を休めながら細々と煙が立つ山肌を眺め、不思議と自分自身もリセットされたように晴々とした気持ちになりました。日本各地では初春に行われる様々な火祭りが存在しますが、この野焼きもまた、阿蘇の人々にとっては春を迎えるための一種の祭りと言えるのかもしれません。
 はるか昔から脈々と続く野焼きも、近年は担い手が減りその規模が徐々に縮小されているといいます。野焼きは自然を守るだけでなく、それを行う人間の心も豊かにしてきたのではないでしょうか。阿蘇の大地と人々が紡いできたこの文化がいつまでも続くことを願わずにはいられません。