福岡県久留米市にある老舗メーカーの専用書体を設計するために、市内を巡りレタリングを採集しています。久留米市は人口30万人を超える福岡県第三の中核都市であり、明治から昭和にかけて産業都市として県南部の筑後地域で発展してきた歴史があります。こうした背景から街の建物や看板には味わい深い文字が今も数多く残されており、それらは現代の視点から見ると実に新鮮で、自由な感性が表れた示唆に富む形をしています。その姿は郷愁を感じさせるどころか、むしろどこか未来的です。保守的な書体設計の世界にもまだ多くの可能性が残されていることを、無名の書き手たちが教えてくれます。
 しかしこうした市井の文字は、建築物などに比べるとその文化的な価値が見過ごされてしまいがちです。情報伝達の媒介である文字は黒衣のように目立たない存在ですが、その造形によって様々なメッセージを話し手に代わって伝えることが出来ます。多様な価値観の文字伝達が求められる現代において、逆説的ですがそのためのヒントは過去にも散らばっているように思います。